一般社団法人・まちむら交流きこうの主催で、8月25日に岩手県北上市後藤野の株・西部開発農産・代表取締役会長の照井耕一氏の講演会が行われた。農地集約面積は600haを超え、延べ作付面積は760haに及ぶ。当方の知る限り、日本一の農地集積であり、アメリカの1農家の平均規模170haの3.5倍である。
写真はレジュメより 照井 耕一会長
すでにNHKのクローズアップ現代でも紹介され、ベトナムの稲作指導にも乗り出し、身を粉にして従業員家族、地域住民、そして後進国の農業者の幸せを追求する素晴らしい方である。「人は1人で生きられるものではない。周囲の人、地域の人に育てられたので、社会に恩返しをしなければならない」というのが信念である。
「西部開発農産」の名から、外部参入者のイメージを抱く方もいるだろうが、まったく異なり、地元の農業高校を卒業すると同時に、実家の農業に就農し苦労して今日を築いた根っからの農業者である。
父親は昭和22年にこの地に入植・・・中山間地の不毛とされる土地。しかも父親は8才のときに亡くなる。ヒエ、アワ、押し麦などで空腹をしのぎ、小学校5~6年ごろには田植のアルバイト。中学の3年間は篤農家でアルバイト。高校進学のあきらめねばならない状況だったが、篤農家に頼んでさらに3年稼がせてもらい、県立北上農業高校を卒業した。その後、酪農に励み、23才で2才年上の奥さんと結婚、3人の子供さんを得た。
昭和46年ごろには、酪農を22頭まで拡大、開田も進め田3.2haで稲作部門を始めた。昭和53年には転作小麦20haの作業受託開始し、大規模小麦生産体制の確立を図った。昭和54年には酪農をやめ、肉用牛に変更。昭和61年に現在の会社を設立し、社長に就任した。その後、耕作放棄地や「借りて欲しい」の要望があれば、かならず相手の希望に沿い借地を順次増やし、600haという大規模農業を達成した。
2.家族所得率に匹敵する経常利益率
まず現在の経営の果実から見ると・・・表―1、表―2の通りである。
表―1 経営規模の推移 単位:ha 頭数
部門
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H22年
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H23年
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H24年
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水稲
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151.5
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167.0
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185.2
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大豆
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242.6
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216.6
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257.6
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小麦
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103.8
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132.2
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138.6
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そば
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98.9
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130.0
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119.5
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キャベツ
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20
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21
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22
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和牛肥育
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120
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140
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190
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表―2 経営成長の推移 単位:千円
区分
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H22年
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H23年
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H24年
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売上高
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345,181
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384,912
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567,365
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経常利益
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128,015
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46,819
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182,406
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H24年の延べ作付面積は722.9ha。ここ丸3年だけ見ても616.8haを1.17倍にし、肉用牛も120頭を190頭へと1.58倍に伸ばした。H24年の売上高は5億6,700万円、経常利益(家族労力は別途経費に算入のはず)は1億8,200万円。丸2年で売上高1.64倍、経常利益1.42倍と急速に伸ばしている・・・作付面積の伸びを上回り、それだけ粗放になるのでなく、利益を高める経営になっていることに注目すべきだ。経常利益率(所得ではない)が、H24年は32.1%で、一般的な家族所得率並みである。照井会長は、「平均年1億円の経常利益を目標にしている」とのことで、22年と24年は目標を大幅に上回る。
東北新幹線の車窓から見ると、冬場の田はまったく利用されていない。当方は「これでは稲作の規模拡大をしても冬場は失業状態。大規模化―法人化をしようにも常時雇用は不可能」と感じ、「多角化し冬場の雇用を可能にすべし」と。かねてから思ってきた。
照井会長は酪農(年間雇用)から入り、稲作、麦作、大豆作、野菜作、味噌や麺類の加工、作業受託と多角化してきた。しかも、途中から多労の酪農をやめ、労力面や耕畜連携面で多角化がしやすい肉牛に転換している。一方で稲作の直播、不耕起直播、小麦の立毛間播種等次々と採用し省力化も推進、これらの戦略が600haの集積を可能にしてきたと言える。
広い耕地といっても、農業者の「貸したい」という希望をかならずかなえてきたので10a、20aの耕地もある。耕地が分散すれば作業能率が低下するが、全体の耕地を6ブロックに分け、Aは稲作、Bは小麦、Cは大豆、Dは野菜といったように、ブロックごとに作物部門を集め、作業の能率化の一助としてきた。
耕畜連携も周辺農家に厩肥だけでなく飼料米も提供、見返りの堆肥を二戸などから1,000トンを集め、化学肥料・農薬を抑える環境にもやさしく、省コストの農業も進めている。
2.人と環境にやさしい農業目指す
大規模集積-高収益を達成してきた原動力は何か。従業員とその家族への思いやり、地域社会への思いやり、さらには外国の同じ農業者(現在はベトナム)への思いやり・・・といった人間愛に満ちた経営理念である。早くに父親を亡くし、小・中・高校と長男として苦労して育ち、自然に身についた理念と言える。詳しくは「経営者の理念」や「理念の実践」の項を見てほしい。
表―3 その全体像
区分
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内容
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組織体制
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取締役会
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代表取締役社長 経営会議
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――――――――――
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管理部 生産部 営業部
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経営概況
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1.役員 (平成25年度時点)
代表取締役会長 照井耕一 68才
代表取締役社長 照井勝也(長男)44才
専務取締役 小原信正 55才
常務取締役 照井 渉(次男)42才
2.経営規模
耕地758.4ha、肉用牛176頭、繁殖牛
40頭
3.資本金 2,697万円
4.売上高 5.6億円
5.従業員 正社員35名、パート60名
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経営者
理念
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地域を守り・人を育て・地域農業を担う
1.人を育てること
2.食農教育の重要性
3.農地を守ること
100人の家族を守ること
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理念の
実践
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1.食農教育
食料の大切さの食育
農業(職業)教育 農業が好きだ
農業体験学習の受入れ
2.農地を守り・食料生産
農地 →農業生産の基礎
遊休農地、耕作放棄地→もったいない
高齢化による未利用地の拡大
→西部開発農産が農地の受手に
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特色
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1.借地によるスケールメリットの追求
2.多角化による企業的経営
3.5年7毛作の大規模輪作体系の確立
4.雇用創出と人材育成
5.耕畜連携と自然循環・環境保全農業
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多角化
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1.生産部門
穀類:水稲、小麦、大豆、そば
野菜:キャベツ、アスパラ(露地)
青ネギ、ベビーリーフ(ハウス)
畜産:肉用牛繁殖・肥育一貫経営
2.受託部門 除雪、種子調整
3.加工部門 味噌、めん類
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技術革新
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大規模経営を目指す→
作業の効率化・低コスト生産→
生産技術の革新に取り組む
①
水稲直販栽培
②
小麦立毛間播種栽培
③
小麦・大豆・そばの不耕起播種
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雇用創出
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通年雇用体制の確立
水稲+畑作+肉用牛 野菜の導入
農産加工、作業受託
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人材育成
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1.農は人なり
社長は社員の手本
人は育てるものにあらず 育つもの
若手が「育つ」環境づくり 資格取得
2.考えさせる 達成感を味わう
計画の立案→やりとげる
意欲 失敗 責任
3.農業 生物に働きかけ天候と勝負
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また「従業者は社長の姿を見て育つ」と、自ら手本になるよう率先して働く。いまも3~4日に1度は圃場を見て回り、作物が何を言わんとしているか観察し、次に打つ手を教えている。
正社員は現在40人、パート60人だが、正社員には冬・夏の年2回賞与を出す(計4ケ月?か)。社長や部課長は部下の仕事ぶり、生活態度等を50点満点で評価し賞与に反映。現金で賞与を渡す際、必ずちょっとしたコメントを述べ激励する。いずれにしても、自社の赤いつなぎのユニホームを誇りに思い、チームワークの取れた集団のようだ。班ごとに、代掻きのおわるころ飲み会をひらき、コミュニケーションをよくする努力もしている。
地域の消費者や子供さんにも、食べ物がいかに大切かを理解してもらうと、食農教育のため無理なときでも体験学習を受け入れている。中学生がくればキャベツの草取り、青ネギの皮むきなどを体験してもらう。
「食べ物を大切にしないようでは、危急の際に国は亡ぶ。国は後継者不足が起きないよう、ここ10年以上は年3兆円くらいの農業予算を維持すべきだった。ところがいまは2.3兆円に縮小」「3年ごとにコロコロと政策が変わるので困る」と農政に対する批判もためらわない。
3.全体及び部門別の問題と対応
大規模経営では、どうしても播種だとか収穫の期間が長くなり、適期作業がおろそかになる。省力体系を確立し、これに見合う機械の導入も必要だと強調する。
水稲の直播は今年240haである。うち1haが不耕起直播を始めているが、3年以内に成功させそうだ。稲株が残っていると正確な直播ができないが、ヨーロッパの直播機も導入し、うまく播けるようになった。いずれにしても現在の田植機は作業能率が低い。むかしは軽トラックで播いたが、いまは無人ヘリコプターに担当2人がつき早く播けるようになっている。
小麦・大豆・そばは、不耕起栽培が100%である。収量も上がった。大豆は約260haで、もともとの主力商品だが雑草との戦い。初期の土壌消毒を十分におこなえば100~120%の力を出すという。また6葉期に頭を刈ると枝が増え多収になる。収穫は16時にやめろというマニュアルもあるが、18~19時までやって、汚れたらクリーニングすれば問題はないそうだ。小麦は梅雨時が収穫のため、短期収穫が必須だが、140haほどを5日で終わらせるため夜の10~11時まで刈ることもする。いずれにしても、少ない機械を効率的に動かすことが、コストダウンの道とのこと。
野菜は正直、不安定で3年に一度儲かればよい。キャベツは一昨年20haほどだったが、今年はゼロ。天候に左右され群馬に負ける。このためアスパラガス、青ネギ、ベビーリーフを増やしてきた。
荷用牛は黒毛和種だが、TPPでたとえ関税の引き下げなどがあっても黒毛和種は残れると見ている。このため繁殖までして、子の雌牛を肥育する一貫経営である。それだけ経営も安定し、コストダウンの余地もあるからだろう。
加工はどうか。味噌のばあい12~2月の冬場の仕事。独特の「ひまわり味噌」は売れる分だけ作るが、オレイン酸が多く、1年間食続けるとコレステロールが無くなるとのこと。めん類は一部原料も仕入、加工してうることまでしている。
請負作業は、一つが12月1日から3月31日までの高速道路の除雪作業(これは当方が訪ねた北海道の稲作農家2軒もしていた)。もう一つがやはり冬場の大豆の選別作業で、1日30~40人で4時間ほど行っている。
4.ベトナムの1農家所得月1万円をアップ
照井会長は、「ブラジルで大豆栽培を」の話で、ブラジルの農業も見た。また4年前に9人で中国の農業も視察した。中国のばあい工場の排水で用水の水が鉛色。稲作は多収できるが安全性の面でダメ。
ベトナムに3年前に行き、親日感が強いことと農家所得が月1万円と低いことを知った。インディカ米だが、収穫したモミを業者にそのまま売るため、1kgがわずか25円。だが、米の生産量は日本の3倍ほどの2,500万トンで世界3位。輸出は700万トンでインドに次ぎ世界2位。一方、人口は3年間で9,000万人が9,500万人に増えたものの、工業の発展のなかで農家人口率は70%が50%に急減している。省力稲作が求められている。
このため、平成25年にベトナム研修生の受け入れを開始するとともに、ジャポニカ米の試験栽培をベトナム北部のバクニン省とハイズオン省、南部のアンザン省とソクチャン省で開始。H26年に入りハノイ近郊のフンエイ省でも開始。